150万円の着物を買うのをギリギリで思いとどまった話

別に着物が趣味なわけでもなんでもない。
人生で着物を着たことなんて片手で数えるほどしかないのだ。

今考えれば、150万円どころか15万円でだって買わない。

騙されたわけではない…と思いたい。
でも雰囲気に飲まれると、そこで空気を読みすぎてしまうと、正しい判断ができなくなる。

今回は一本の電話のおかげでギリギリ思いとどまることができたという話。

そして、人間の本性を知ったという話。




出会いはカフェ

私ってばカフェ好きだな!

あまり詳細に言うとバレちゃうからボヤかしとくけども。
絶対ググっちゃだめだぞ。いいか、絶対だぞ。

ことの始まりは、着物屋さんがやっているカフェにふらっとランチを食べに入ったときのこと。
美味しい鶏まぶし丼を食べ終わった私に、着物を着た可愛い店員のお姉さん2人が話しかけてきた。

「お姉さん今日はお仕事お休みなんですか〜?」

「休みっていうか…一昨日潰れちゃったんですよね〜!!わははは!!」

「えっ…!?」

始めこそ驚いていたものの、お姉さんたちは興味津々でこちらの話を聞いてくれた。

潰れたと言っても泥沼退職ではなかったこと、これを機にイメチェンしようと美容院に来た帰りだということ、これからは何か新しいことでもしてみようかなと考えていること。

私はあけっぴろげに何でも他人に話す性格なので、最近あった出来事をベラベラと喋りまくった。
お姉さんたちも聞き上手なので、「えぇー!会社潰れたのにお姉さん明るーい!!」とか言って爆笑してくれた。それはもうかなり盛り上がった。

ひとしきり盛り上がったところで、お姉さんたちは自分たちの着物屋の説明を始めた。
500円で着付け教室をしていること、着物でのパーティーや旅行などのイベントも主催していること、そして格安で着物市を開催するということ。

その着物市というのが、一見さんお断りの予約制で、その日が予約の締切日だったのでどうですか?というお誘いだった。
浴衣も売っているし、カジュアルな着物が9,800円の更に半額で買えるというので、「えぇーすごいね!面白そう!」とノリで予約をした。

お姉さんたちも「また会えるの楽しみです〜!」とすごく喜んでくれたし、私も着物が新しい趣味になっちゃうかも〜とかうきうきしていた。

着物市へ

当日、予約した時間帯に店に行くと、着物の上に法被を着た店員さんたちに明るく迎えられた。
みんな元気良くフレンドリーな感じ。社員たちの仲の良さが伝わってくる。ここもホワイト企業なのかしら。

先日話しかけてくれたお姉さんたち2人も「また会えて嬉しいです〜!」と駆け寄ってきてくれた。可愛い。
そのうちの一人はマネージャー、もう一人は新人の女の子らしい。

お茶を一杯いただきながら、その新人の女の子に今回どんなものが置いてあるのか手書きの店内マップを見ながら説明を受けた。
着物や帯、他にも小物類が破格で揃っていた。半襟(襟の上につける飾りの布)とか300円。やっす。

浴衣を軽く見るつもりだったが、普段使いできる着物も格安とのことでいろいろ見てみることにした。
普段使いできる着物というのは、結婚式などに着ていくフォーマルなものではなく、観光地を歩いたり本当に普段出かけるときに着られるようなカジュアルな着物のことらしい。自宅で洗濯も簡単なポリエステル製とのこと。
予約した時にも言っていたが、9,800円の半額で買えるというから驚きである。

実際見てみると、可愛らしい花柄が多かった。
「もう少し色が濃いものがいいかな〜」と私が呟くと、その新人の女の子は

「お姉さんはこっちのブランドが似合いそう!」

と言って私を店の奥の別コーナーへと案内した。

モダンでクールな着物のコーナーへ

そこはどうやら一つのブランドの反物がまとめて置いてあるコーナーらしい。
反物っていうのは布がロール状にクルクル巻かれてるやつね。まだ仕立ててないやつよ。
だから着物にもその上にも着る羽織にも使えるので、自由に組みあわせられるとのこと。

そのブランドは反物も帯も、黒字に銀の模様とか、ストライプや千鳥格子、市松模様、ヘビ柄などなど、モダンでクールなデザインが多かった。
どれもかっこいい感じでわくわくした。これならセミフォーマル(普段使いから友人の結婚式くらいまで)にも使えるとのことだった。お得感ある!

「今日は着物市ですからね、びっくりするくらいお安くできますよ!」と言われ、早速試着してみることになった。

反物でも上手にやれば、正面から見ると着物を実際着ているように試着できるのね。
その姿はさながら、びんぼっちゃまくん。(世代じゃない人はググってください)

更にかっこ良さげな帯や帯締め、羽織になる反物まで着せられ、あっという間にフルコーデ完成。

これが…私…?

とまではいかないけど。こんなイマドキでクールな着物を着こなしてたらめっちゃカッコイイんじゃないの!?とテンションが上がった。うは、夢が広がりんぐ!!

こっちの柄もいいな〜こっちの色もいいな〜迷っちゃうな〜!とか言いながら、あれよあれよと3着試着。
初めは「えぇ…どれも良さげだし着物とかよくわかんないし選べない…。」とか言っていた私も、終いには「あー!これよりこっちのが好きかも!」とか言って選びたい放題だった。

マネージャーのお姉さんも、新人の女の子も、ブランドの職人のおっさんも、他の店員さんも通りがかる度に

「素敵ですねー!」「背が高いからこういうの似合いますねー!」

とか言ってくれた。

いや、さすがにサービストークもあるのはわかってる。でも悪い気はしないし、何よりモノがいいので自分でもすごく気に入っていた。

ん?試着めっちゃしてるけど買うのか?あれ?

お値段は?

「この着物で大体いくらくらいなの?」と聞いてみた。

マネージャーのお姉さんは「う〜ん…100万円くらいですかね!?」とか言うので、私はえらい冗談だなと思って「嘘でしょw」と笑った。

すると、お姉さんたちは結構マジな顔をして

「まぁ、このブランドは着物界のグッチって言われてるんで…」

とか言うじゃないの。

え?冗談じゃないの?9,800円の半額は?
いや、でもさすがに私だってここまでキラキラしてたら9,800円じゃないのはわかるよ。

でも、え、100万?

てか誰が着物界のグッチって呼んでんの?

でもほら、今日は安くしてくれるってさ

3着の試着が終わったところで「どれが一番好きでしたか?」と尋ねられた。

「やっぱりあれこれ言いながら選んだ3着目かな〜」

え?選んだけど買うのか?あれ?

そこで電卓が登場した。あれだ、何も計算しないのに値段だけ打ち込んで見せるやつだ。
こっから茶番が始まるんだ。もうそっからなんか自分の中で雲行きが怪しくなってきた。

「今回こちらの反物のお値段と、仕立て代が7万円、こちらクリーニングのサービスもつきます。帯と帯締め、お着物初めてとのことですので長襦袢や帯板などの小物も合わせると…」

ポチポチポチ

1,400,000

「あ、100万円は超えちゃいましたね。」

私より若いマネージャーの女の子が100万超えちゃいましたねて。

実は同時に一緒に連れて行った同居人も試着させられていた。

そちらも160万円なので合わせて300万円とのこと。

でもその後続いた。

「でも今回は着物市ですのでぇ…

私もお姉さんすごく好きなんでぇ…
せっかくのご縁なのでぇ…
今日からお二人に着物を始めてほしいのでぇ…
もう上司から怒られちゃうかも…
でも私が説明しときます!

なので…
お二人合わせてこのお値段で…!!」

ポチポチポチ

1,500,000

わぁすごぉい!半額だぁー!!!

300万円が150万円だよ!?
今日逃すと300万円になっちゃうよ!?

いやもうバカだと思うでしょ?騙されてると思うでしょ?

でもその場にいるともう金銭感覚がよくわからないことになっているのよ。
150万円と15万円の区別がついていない。

でも150万。着物という新しい趣味に150万。
軽く車が買える。
着物は着る車。

迷った。超迷った。

第三者の意見を

自分たちではファイナルアンサーを決められないので、テレフォンに頼ることにした。
一旦店外に出て、和裁をやっていた着物のプロである私のばあちゃんに電話したのである。

「ばあちゃん…今150万で着物買おうとしてんだけど…」

「えぇ〜!?それ正絹なの?」

いや、違うと思うけど…。

「そんなんで150万も高いわさ〜!どこで着るの〜?」

京都の街中とか…結婚式とか…?

「ばっかだねぇ〜!あんたら今の人なんて普通レンタルだに〜!

そもそも持っておくのが大変なんだから着物は〜。管理しにゃならんのだよ。

レンタルしてみて、もし欲しくなったらその時にまたその時に考えりゃいいじゃ〜ん!」

ぐう正論だった。

小雨の中、店の外で電話をして完全に目が覚めた。

一旦外に出て、第三者の意見を聞くと言うのは正解だった。本当に危うい判断をするところだった。

なんとか思いとどまった

店内に戻り、「今は他のローンもあるので今回は見送りたい」と断った。

少しそのローンについて聞かれたが、「ローン会社によそでローン組まないでほしいと言われている」というとそれ以上突っ込んでくることはなかった。


同居人によると、「ローン会社は他のローンも借りられるのを嫌う」というのは使える断り文句とのこと。実際は複数のローンを組んでも問題になることはないのだが。
まぁよっぽどそんな断り文句を使うことはないだろう…。

私たちに買う意思がないことを悟ると、さっきまで笑顔でよって集っていた店員たちさっと引いていくのがわかった。
あの気さくなマネージャーのお姉さんすら、その後私たちに話しかけてくることはなかった。

その後、本来の目的である浴衣が見たいと告げると、その新人の女の子が一人で案内してくれた。
手ぶらで帰るのも…という気持ちもあったが、浴衣は本当に安かった(1,990円)ので一式購入した。
帯や小物も合わせて購入したので、結局8,000円ほどになった。

しかし、彼女たちからすれば8,000円など150万円に比べればタダも同然。買おうが買うまいが関係ないのだ。
格安の浴衣や着物は釣り餌でしかなかった。

500円の着付け教室も、美味しいカフェランチも。
あの楽しいお姉さんたちとの会話も。
全ては餌だった。

新人の女の子以外は、誰ももうこちらに話しかけることはなかった。
私に向けられた好意の笑顔は貼り付けられたペルソナだった。

「お姉さんおもしろーい!」

あのすごくいいリアクションも、今思えば嘘の演技だったのだろうか。
彼女たちはどこまで本気で私に向き合っていたのか。

他人を信じてペラペラ話す私は愚かな大人なのか。
信じた方がバカだったのか…。

私はもう着物を趣味にすることはないと思う。
正直着付け教室には元々興味があったけど、一気に冷めた。

せめて彼女たちが最後まで嘘の仮面をつけ続けていてくれたら。
私をその気にさせてくれたら。

私も最後に「また来まーす!」と嘘をつかなくてすんだのに。

プロなら次回買わせる接客してみろよ!!
そして客に嘘をつかせるな!!

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